子どもの不登校からお金のことを考えた話

お金と制度

子どもの不登校で、いちばん心配だったこと

子どもが不登校になりたての頃、いちばん心配だったことは、勉強についていけなくなってしまうことでした。

当時は、この不登校は一時的なものでいつかまた学校に通えるようになる、そう思っていました。

だから、心配なのは勉強のことだけでした。

一緒に勉強してみたり、タブレット学習を始めさせてみたり。

今から思えば、「そこじゃないんだよね」と感じるところで、私なりに、精一杯がんばっていたのだと思います。

お金のことも、だんだん気になり始めた

不登校の状態が長くなってきた頃、「しばらくこの生活は続くのかもしれない」と、少しずつ受け入れられるようになってきました。

それと同時に、世間一般の子どもにかかるお金、生活にかかるお金とは、うちは違う形になるのかもしれない。
そんなふうに考えるようになりました。

子どもが不登校になってしばらくしてから、私は勤務時間を減らすことにしました。

勤務時間を減らした理由は、子どものことだけ、というより、自分自身の余白を少し増やしたかった、という気持ちもありました。

学校や相談機関との対応に時間をとられることも増えて、これまでの働き方では正直、対応が難しいと感じるようになってきました。

勤務時間を減らしたことで、収入のことも気になるようになり、お金について、これまで以上に向き合って考えるようになりました。

調べてみて、感じたこと

不登校やひきこもりのお子さんを育てる親御さんとの交流が増えてきたころ、ひとつ気づいたことがありました。

給食費をどうするか、といった情報交換は比較的話しやすい一方で、高校授業料の無償化のように家庭の所得が関係する話題になると、少し言葉を選んでしまうということです。

家庭によってお金の価値観も違い、教育にかけるお金の考え方もさまざまです。
同じように不登校やひきこもりのお子さんを育てている家庭同士であっても、お金の話は意外と踏み込みづらいものなのだと感じました。

また、子どものことを相談できる機関はあっても、お金のことをまとめて相談できる場所は少ないこと。
反対に、お金の相談はできても、不登校やひきこもりの子どもがいる家庭にとって、この先のお金をどう考えたらいいのかを一緒に考えてくれる情報は、なかなか見つからないと感じました。

今、思っていること

いろいろ考えたり調べたりするうちに、家庭によって状況はさまざまで、正解はひとつではないのかもしれないと、感じるようになりました。

私の場合は、子どもの将来が不安だからといって、ただひたすら子どものために貯金するという形は少し違うなと思っています。

自分の人生を楽しみながら、子どもが安心して生活できること。そして、もし子どもに「学びたい」「行ってみたい」という気持ちが芽生えたときに、手を差し伸べられる余地を残しておきたい。
今は、そんなふうに考えています。

それが実現できるか、まだ模索している途中です。

このブログで、これから書いていきたいこと

このブログでは、不登校やひきこもりの子どもを育てる中で、私自身が考えたり、調べたりしてきたお金のことや働き方のことを書いていこうと思っています。

子どもの状況や家庭の形はそれぞれで、きっと答えはひとつではありません。
それでも、お金や働き方について考えるひとつのきっかけになればいいなと思っています。

ときどき、気分転換の趣味の話や大好きな動物たちのこと、本や映画の感想なども交えながら、無理のないペースで続けていきたいと思います。

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